大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(ネ)2260号 判決

主文

一  一審被告の本件各控訴及び参加人下岡の本件各請求を、いずれも棄却する。

二  参加人会社と一審原告、一審参加人との間において、参加人会社が一審被告に対し、原判決別紙差押債権目録中の記に記載の報酬金のうち一億四〇七九万三八二五円について取立権を有することを確認する。

三  一審被告は、参加人会社に対し、一億四〇七九万三八二五円を支払え。

四  参加人会社のその余の各請求を棄却する。

五  当審の訴訟費用中、参加人会社の参加によって生じた部分はこれを三分し、その一を参加人会社の、その余を一審原告の各負担とし、参加人下岡の参加によって生じた部分は全部同参加人の負担とし、その余は一審被告の負担とする。

六  原判決及び本判決の各第三項は、仮に執行することができる。(なお、参加人会社の請求の一部が認容されたため、原判決主文第一項は次のとおり変更された。

「一審被告は、一審原告に対し、一億九一八四万七八一一円及び右内金一億五二二五万〇六七五円に対する平成七年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。」)

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求める裁判

一  一審被告

1 原判決を取り消す。

2 一審原告、一審参加人、参加人会社、参加人下岡の各請求を棄却する。

3 本件附帯控訴を棄却する。

4 訴訟費用は第一、第二審とも一審原告、一審参加人、参加人会社、参加人下岡の負担とする。

二  一審原告

一審被告の本件控訴、参加人会社、参加人下岡の本件各請求を、いずれも棄却する。

三  一審参加人

1 一審被告の本件控訴、参加人会社、参加人下岡の本件各請求を、いずれも棄却する。

2 原判決第三項についての仮執行の宣言

四  参加人会社

1 参加人会社と一審原告及び一審参加人との間において、参加人会社が一審被告に対し原判決別紙差押債権目録の記に記載の報酬金(以下「本件報酬金債権」という。)のうち二億一八六八万四八三五円について取立権を有することを確認する。

2 一審被告は、参加人会社に対して二億一八六八万四八三五円を支払え。

3 参加人会社の参加による訴訟費用は一審被告及び一審原告の負担とする。

五  参加人下岡

1 参加人下岡と一審原告、一審参加人及び参加人会社との間において、参加人下岡が一審被告に対して本件報酬金債権のうち四六七万五〇六八円について取立権を有することを確認する。

2 一審被告は、参加人下岡に対して四六七万五〇六八円を支払え。

3 参加人下岡の参加による訴訟費用は、一審被告、一審原告、一審参加人、参加人会社の負担とする。

第二  事案の概要

一  各当事者の主張は、二に記載するほかは、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおり(ただし、次のとおり付加、訂正する。)であるから、これを引用する。

1 原判決二枚目裏七行目の「参加原告が」を「一審参加人、参加人会社、参加人下岡が」に、同八行目の「原告に対し」を「一審原告らに対し」に、同四枚目表一行目の「報酬請求権」を「報酬金債権元本」に、それぞれ改める。

2 同四枚目表四行目の次に、改行して次のとおり加える。

「7 参加人会社は、東京地方裁判所平成七年(ル)第三六八号、同年(ヲ)第三二六〇号及び同裁判所平成七年(ル)第三六九号、同年(ヲ)第三二六一号各債権差押え及び転付命令申立事件において、平成七年一月三〇日、債務者である一審原告の、第三債務者である一審被告に対する本件報酬金債権元本のうち合計二億一八六八万四八三五円につき各債権差押え及び転付命令を得、右各命令は、同月三一日に第三債務者である一審被告に、平成七年二月一四日に債務者である一審原告にそれぞれ送達された。

8 参加人下岡は、東京地方裁判所平成七年(ル)第一七二一号債権差押命令申立事件において、平成七年三月二八日、債務者である一審原告の、第三債務者である一審被告に対する本件報酬金債権元本のうち四六七万五〇六八円につき債権差押命令を得、右命令は、同月二九日に第三債務者である一審被告に、平成七年四月一三日に債務者である一審原告にそれぞれ送達された。」

3 同四枚目裏六行目、同五枚目裏五行目、同六枚目表九行目、同裏六行目の各「原告及び参加原告の主張」を「一審原告、一審参加人、参加人会社及び参加人下岡の主張」に改める。

4 同六枚目裏九行目の「有南開発株式会社」及び同七枚目表一行目の「有南開発」を、いずれも「参加人会社」に改める。

二  一審被告の主張

1 本件業務委託契約の目的は、東京都千代田区神田神保町二丁目の本件不動産を含む区画約一一〇〇平方メートル(以下「本件区画」という。)の土地全部を一審被告の本社用地として取得し、その地上に社屋を建築するためであり、一審原告においても右目的を了知していたところ、本件不動産のみの買収の完了によってはその目的を達しなかったのであるから、一審原告の報酬請求権は、発生していないというべきである。

2 一審原告の本件報酬請求権の行使は、信義則に反し許されない。すなわち、本件業務委託契約が締結された経緯(参加人会社の開発部長であった一審原告が、一年以内に本件区画の土地の地上げはできるというので、当初参加人会社に業務委託し、その後、一審原告の希望で一審原告との本件業務委託契約に切り換えた。)、契約締結後の経緯(一審原告の見通しにもかかわらず、本件区画全部の土地の取得はできなかったばかりでなく、本件不動産のみについていえば、本件業務委託前に殆ど話はまとまっていて、残る一審原告の業務は、契約に立ち合う程度のことのみであった。)及び報酬額が二億九〇〇〇万円余に上ることを考慮すると、一審原告の本件請求は、信義則に反し、権利の濫用であって許されない。

3 本件業務委託契約の趣旨は、本件区画の土地の全部を負担のない状態で一審被告が取得することにあるところ、一審原告は一部の履行をしたにすぎず、その余の履行をしない。一審被告は、一審原告の一年以内に地上げができるとの説明を信用して、本件地上げのために、総額七六億八二三三万八六〇五円を支出したが、そのすべてが無駄な出費となった。したがって、少なくとも、右支出額について、その最後の支出日である平成二年一二月二一日から平成七年一月二三日までの商事法定利率年六分の割合による金額一八億八七九六万一〇一六円は、右の一審原告の債務不履行によって生じた損害というべきである。よって、一審被告は、平成七年二月二日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償債権と本件報酬金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所の判断は、二及び三に説示するほかは、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおり(ただし、次のとおり付加、訂正する。)であるから、これを引用する。

1 原判決の右引用部分中の「有南開発」は全て「参加人会社」に改める。

2 原判決七枚目裏八行目の「千代田区」から同九行目の「一一〇〇平方メートル」までを、「本件区画の土地上」に改める。

3 同一二枚目裏一〇行目の次に、改行して次のとおり加える。

「なお、一審被告は、本件不動産のみでなく本件区画の土地全部が本件業務委託契約の対象であり、本件区画の土地全部の買収が契約期間内に完了しなかった本件においては、本件不動産部分も含めて本件業務委託契約は終了したものというべきであるから、一審原告の報酬請求権は発生しないと主張するが、本件業務委託契約が、一審被告が主張するような内容のものと解することができないことは、後記二1に説示のとおりであるから、一審被告の右主張は失当である。」

4 同一三枚目裏一行目の「いうべきである。」の次に、「しかも、前記認定の事実によれば、一審被告は、一審原告が免許を有しないことを知りながら、不正行為の疑いのある参加人会社との取引を回避するとともに、業務促進のため一審原告の意欲を向上させる意図の下に、参加人会社との間の業務委託契約を終了させ、一審原告との間の本件業務委託契約を締結したのであるから、自らこのような方法を選択しながら、一審原告の免許の欠缺を主張して報酬金の支払を拒むことは、信義則に反するものといわなければならない。」を加える。

5 同一三枚目裏四行目の「宅地建物取引業法は、」を「一審被告は、宅地建物取引業法(同法四六条に基づく昭和四五年一〇月二三日建設省告示第一五五二号を含む。)は、」に、同六行目の「解されるが、」を「主張するが、右のとおり、一審原告はその適用を受ける宅地建物取引業者に該当しないばかりでなく、」に、それぞれ改める。

二1  一審被告は、本件業務委託契約の目的は、本件区画全部を負担のない状態で一審被告の本社社屋の用地として取得することにあり、一審原告もこのことを知って受託したものであるところ、一審原告が本件不動産についての交渉を成立させたのみで、一審被告としては本件区画の土地全部を取得することができず、結局、一審被告はその目的を達しなかったのであるから、一審原告の報酬請求権は発生しないと主張する。そこで、本件業務委託契約の内容を検討すべきところ、同契約は、それ以前に契約されていた一審被告と参加人会社との間の同種の業務委託契約を終了させ、一審原告との間で改めて締結されたものであるから、先ず、参加人会社との間の業務委託契約についてその内容を検討することとする。《証拠略》によると、同契約の趣旨は、一審被告が本件区画内の土地の所有権を負担のない状態で取得できるようにするため、参加人会社が本件区画内の物件の所有権の取得、借地権、借家権の買収及び明渡しの業務を受託し、参加人会社において、適宜、物件の所有者やその他の権利者と交渉を行い、交渉の成立したところから、一審被告が直接権利者との契約を締結して、所有権、賃借権を買い取り又は借家人から明渡しを受けることにあること、報酬に関しては、参加人会社が、一筆の土地及びその地上建物の買収、借地権付き建物の買収、一棟の建物の借家人全部の明渡し等の契約で定められた特定のまとまりのある業務を完了し、一審被告において所有権移転登記あるいは建物の明渡しを受けたときは、一審被告から当該まとまりのある業務ごとに個別に定められた額の金銭の貸与を受けることとされており、本件区画全部の業務が完了したときに初めて参加人会社に報酬請求権が発生し、一審被告はそれまでの参加人会社に対する貸金の返還請求権をもって報酬金支払債務と相殺することができる約定になっていること、また、参加人会社の契約に基づく履行を確保する方法として、契約締結(平成元年六月五日)から一年三か月後の期限までに本件区画全部の委託業務が完了しないときは、期間経過によって当然に参加人会社の業務の履行義務が消滅するものではないが、前記の貸金に年六分の金利を付して元利金を一括返済する義務が生ずるとともに、損害金として、一審被告がそれまでに支出した売買代金及び借地権、借家権の買収代金の合計費用に対する、遅滞の日から業務完了に至るまで年一五パーセントの割合による金員を支払う旨の損害賠償額の予定が合意されていた(もっとも、一審被告は、平成二年九月四日に参加人会社との業務委託契約を合意解約するに当たり、契約上は支払義務はなかったが、参加人会社のそれまでの業務遂行に対して相当額の報酬金を支払うとともに、賠償額の予定に基づく損害賠償債権を放棄してやり、そのため参加人会社は、報酬金の中から借受金の元利金を支払って、債権債務関係を清算することができた)。ところで、一審被告の代表者はもとより、一審原告も参加人会社の開発部長として本件業務を担当していた関係で、右の契約内容を熟知していたものであるが、本件業務委託契約においては、受託者である一審原告において、適宜、物件の所有者や権利者と交渉を行い、契約で定められたまとまりのある業務を完了し、一審被告が所有権移転登記を受けたり、明渡しを受けるたびに、一審被告から定められた額の金銭が支払われる点は参加人会社との契約の場合と同様であるが、支払われる金銭は、貸金ではなく報酬とされている点が異なっており、また、契約期間は、契約締結の日(平成二年九月四日)から一年間とされているが、契約の更新(契約期間の延長)の余地を残しており、契約が更新されたときは、一審原告は、一審被告が物件の売買、借地権、借家権の買収のために支出した費用について契約業務の完了に至るまで年一五パーセントの割合による損害金を支払う旨の損害賠償額の予定が合意されているが、一旦支払われた報酬金の返還を予定した規定は設けられていないことが認められる。これらの約定から見ると、一審被告と一審原告との本件業務委託契約においては、一審原告の業務促進意欲を促すため、参加人会社との業務委託契約に比し、一審原告により有利な契約とし、一審原告が契約に定められたまとまりのある業務を完了するごとに当該業務に対する報酬請求権が発生するものとし、一審原告の債務不履行を担保する手段としては、支払済みの報酬金の返還という方法を用いることなく、一審原告に義務完了までの期間に応じた損害賠償金の支払義務を課す方法のみとし、その場合の損害賠償金として、期間延長の日から業務完了の日までの期間について、それまでに一審被告が本件区画の土地を取得するために支出した費用の年一五パーセントの割合による金員と合意したものというべきである。

そうすると、一審原告は、本件業務委託契約の五条三項に定められたまとまりのある業務(本件不動産の買収)を遂行したことにより、当該条項に定める報酬請求権を確定的に取得したもので、これに反する一審被告の右主張は、採用することができない。

2  また、一審被告は、一審原告の本件報酬請求権の行使は、信義則に反し、権利の濫用であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、《証拠略》によると、一審被告は、本件不動産について中潔との間で売買契約が成立した後である平成三年一二月二〇日に、それまでの一審原告の委託業務に対する努力を積極的に評価し、それを理由に本件業務委託契約の期間の延長を承諾したものと認められるから、一審被告の右主張に理由がないことは明らかというべきである。

3  さらに、一審被告は、一審原告の本件業務委託契約の債務不履行により損害賠償請求権を取得したとして相殺の主張をする。そこで検討するに、本件業務委託契約においては、一審原告の債務不履行を担保する方法として、履行遅滞による損害賠償を予定し、その賠償額を、期間延長の日から業務完了の日までの期間について、それまでに一審被告が本件区画の土地を取得するために支出した費用の年一五パーセントの割合による金員と合意していたことは、前記認定のとおりであるが、《証拠略》によると、一審被告は、平成三年一二月二〇日、本件業務委託契約の期間の延長を合意するに当たり、期間の延長をすればその翌日から直ちに損害賠償義務が生じ、その賠償額も予定されていたにもかかわらず、その約定を削除することに同意し、もって一審原告の債務不履行の場合の損害賠償請求権を放棄したことが認められる。また、一審被告の主張する損害額の算定は、一審被告が本件区画を本社用地として確保するために支出した費用についての、その支出の最終日である平成二年一二月二一日から、相殺を主張する準備書面を当裁判所に提出した平成七年一月二三日までの間の年六分の割合による金利分とするものであるが、本件業務委託契約の延長された履行期限である平成四年九月四日まで及び一審被告が本件報酬金について懈怠に陥った同年一一月一日以降については、一審原告が債務不履行責任を負ういわれはないし、損害賠償額の予定が適用されない以上、一審被告の主張額が一審原告の債務不履行と相当因果関係のある損害ということもできない。してみると、いずれの観点からしても、一審被告が、その主張の債権を取得するに由ないものといわなければならない。

以上の事実によれば、一審原告の一審被告に対する本件報酬金の支払を求める請求は理由がある。

三  一審参加人は、一審原告に対する債権を請求債権として、一審原告が一審被告に対して有する本件報酬金債権元本のうち一億五二二五万〇六七五円を差し押さえたこと、一審原告の権利濫用の主張が失当であることは、前説示のとおりであり、一審参加人が右差押債権(本件報酬金債権)について平成六年二月一六日本件当事者参加の申立てをして、一審被告に対する取立訴訟を提起し、同申立書は第三債務者である一審被告の訴訟代理人に同月二五日に送達されたことは当裁判所に顕著であるところ、一審原告に対する債権者は、右同日以降は本件報酬金債権のうち一審参加人の差押え部分については配当要求をしえないこととなった(民事執行法一六五条二号)のであるから、本件報酬金債権について別個に差押えをしても、一審参加人の差押え部分を除く残額についてその効力を生ずるとしても、右残額を超える部分については効力を生ずることはなく、したがって、一審参加人の差押え部分については差押えの競合(同法一四九条)を生じる余地はなくなったものといわなければならない。

次に、参加人会社は、一審原告に対する債権を請求債権として、一審原告が一審被告に対して有する本件報酬金債権元本のうち二億一八六八万四八三五円について債権差押え及び転付命令を得、同命令は平成七年一月三一日に第三債務者である一審被告に送達されたことは争いがないところ、前説示のとおり右差押えは、本件報酬金債権元本のうち一審参加人が差し押さえた金額を控除した一億四〇七九万三八二五円について差押えの効力を生じ、したがってその限度で転付の効力を生じたものである。

参加人下岡は、一審原告に対する債権を請求債権として、一審原告が一審被告に対して有する本件報酬金債権元本の一部を差押え、その差押命令が平成七年三月二九日に第三債務者である一審被告に送達されたことは争いがないところ、参加人会社への転付の効力が生じた後の差押えであるから、その部分について差押えの効力を生ずる余地がないことはもとより、一審参加人の取立訴訟の提起に遅れるものであるから、一審参加人の差押え部分についても差押えの効力を生じないことは前説示のとおりである。してみると、参加人下岡の本件報酬金債権元本の差押えは、何等の効力も生じなかったといわざるをえない。

なお、一審原告の一審被告に対する本件報酬金債権は、前記の参加人会社の転付命令の効力が生じた結果、本件報酬金債権二億九三〇四万四五〇〇円に対する遅滞の日の翌日である平成四年一一月一日から転付命令の効力が生じた日である平成七年一月三一日までの年六分の割合による遅延損害金三九五九万七一三六円と本件報酬金債権元本の転付命令後の残額である一億五二二五万〇六七五円及びこれに対する転付命令の効力発生の日の翌日である平成七年二月一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金のみとなったものである。

第三  よって、一審原告及び一審参加人の各請求を認容した原判決は相当であり(ただし、一審原告の請求は、参加人会社が転付を受けた限度で縮小した。)、本件控訴は理由がないから棄却することとし、参加人会社の請求は主文第二、第三項の限度で認容してその余を棄却し、参加人下岡の請求を棄却し、当審における訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九二条、九四条を、仮執行の宣言(附帯控訴に基づく部分を含む。)について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田 宏 裁判官 田中康久 裁判官 森脇 勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例